FC2ブログ
RSS

OJTで指導者に必要なことを考える①

昨今「指導者が指導するレベルに達していない」ということが取り上げられていますが、
指導するレベルにならないと指導できないのでしょうか。


従来の「教育」という指導者側からの一方的なアウトプットという観点からするとそうかもしれませんが、
指導者、指導される側双方が共に育つという「共育」という観点から考えると、
必ずしも指導するレベルに到達していなくてもいいのではないでしょうか。
双方がスキルアップしていくための「共育」としての関わりが大切だと思います。

スライド3
「みる」ということはこれだけの違いがあります。
ここから、指導のために相手を「みる」ということを考えてみると、
観察し相手を理解して世話をするということがあてはまるのではないでしょうか。
ここから考えると、
実際の臨床場面において一緒に患者さんをみる場面があった場合、
ただ「観る」というものは指導ではなく、
相手が抱えている問題を一緒に考え、
場合によっては解決してあげる関わりをする。
これが実際の臨床場面における指導での関わりではないでしょうか。

スライド4
よくある問題として、
「聞きに来ないから指導しない」ということがあると思いますが、
これには「聞けない」ことの根本的な問題を考える必要があると思います。
①聞きにくい
これは、双方の関係性の中で聞きにくい状態になっていないかということの問題です
②何がわからないかわからない
これは、自分自身が何がわかっていないかをわからないことで聞きにいけないというものです。
この2つの問題のどちらかを分析することが、問題解決の糸口となり、指導のきっかけとなるのではないでしょうか。

スポンサーサイト



このエントリーのタグ: OJT 共育
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
▼このエントリーにコメントを残す