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方法論・結果を教え込む指導をする・受けること

後輩や学生に対する「指導」をする、先輩から受けること。また、患者さんに対してリハビリテーションという「指導」をする、患者さんが受けること

 それぞれに対して、方法論・結果を「教え込む」というやり取りは、受け手からすると、「型」の習得が目的化したり、一つ一つの方法論や手段を教えてもらうという受動的(依存的)となる。教え手からすると、相手の考え方は考慮せず方法論や手段の押し付けることができるという、その場の課題(問題)対処に関して言えば即座に対応できる。

 しかし、ここで考えるべきことは、「永続的な成長」、「自己による問題解決・対処能力を向上させる」というその場だけの対処ではなく、その先を見据えたことを考えると、方法論・結果のみを教え込むことをする・受けるということを主眼に置くのではなく、「課題に対する過程」に目を向け、「教え込むのではなく」、「気づかせる・気づく」という「主体的(能動的)」なやり取りこそ必要ではないだろうか。それに対して「フィードバック」をする・受けるという、省察を中心としたやり取りを繰り返していきながら、自己での課題・問題解決ができるという「フィードフォワード」という「永続的な成長」につながっていくと思う。

 個人的な意見ではあるが、結果・方法論のみの教授は受け手の考える機会というものを奪い、同じような案件の課題(問題)であっても、「型」が違うことで再度同じ指導を繰り返していかなければいけないという、「発展的な成長」へつなげることが難しいと感じている

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